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■旧海軍司令部壕

 21世紀に入ってあっという間に数年が経ってしまったが、まだ20世紀の記憶を引きずっている人は少なくない。



 特にここ沖縄は、新世紀人に伝えるべき言葉をたくさん持っている。そして我々はその言葉を謙虚に受け入れなければならない。


太平洋戦争唯一の国内地上戦

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 太平洋戦争唯一の国内地上戦を米軍上陸によって余儀なくされた、沖縄戦の真実は何だったのか?



 沖縄本島各地に残るあの戦争の爪痕の1つ、旧海軍司令部壕。ここには、生々しくも悲しいその答えを目の当たりし、涙を流さずにはいられない・・・その時代の人々の言葉があった。



 駐車場から階段で壕の受付入り口に向かっていると、あちこちに墓が見えてくる。それがとても痛々しく感じられ、思わず合掌してしまう事だろう。



 しばらく歩くと慰霊碑が建立されており、受付建物が目に入る。受付の左隣には、あの幻の戦艦大和の絵画が飾られ、壁をはさんで向こう側に、資料館入り口が見えている。壕の見学と、資料館の見学も含めて入場料金は、大人が420円、子供が半額である。



 団体30名以上で割引もあるようだ。受付で壕の出口は受付とは別の場所になるので、先に資料館を見学するようアドバイスを頂く。

 

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 館内には、この壕でひっそりと生活をしていた人々の生活用品や、当時の軍服や武器、様々な写真が展示されている。



 思わず目を覆いたくなる写真があった。年の頃7・8歳くらいの少女の足が怪我のため化膿してしまい、そこに傷を塞いでしまうほどのウジがわいている写真がそれである。



 少女の表情はすでに虚ろで、その事が戦争が人間の精神にに与える異常さをはっきりと伝えてきた。



館内の奥には二つの言葉が記されていた。

「夜はみんな、杖を持って歩いた。死体を踏まないためだった。」

これがそのうちの1つである。



 当時の凄惨さをこれほどまでに表現できる言葉があるだろうか?もう1つの言葉も悲しい言葉だった。しかし、あえてここに書かないでおこう。



 資料館での衝撃に耐えながら、壕へと歩を進める。大抵の場所には電気が照らされているが、狭い場所でもあるので見学の際は充分に気をつけて進んで頂きたい。



 壕の通路は意外と天井が低く、何とも言えない圧迫を感じる。幕僚たちが手榴弾で自決したと言われる幕僚室では、今もなお、その破片の後が壁に残っていた。この壕から出て出撃する時、みな死を覚悟していたという。その出口前に立っていると、扉までが永遠に続くかのように遠く感じる。

 

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 壕の最高司令官が残したと言われている大田少将の電報を壕内で原文を解読したものが飾られている。沖縄県民がどのようにこの戦争の中で献身的な協力をしていたのかを丁寧に伝えようとしていた。



「県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」



この言葉が今の政府に届いているであろうか?

 
 

(ライター:琉球海賊団)  


Data
場所: 沖縄県豊見城市豊見城236番地
電話番号: 098-850-4055

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